「もしかして、渡辺さんが卓球の練習をした神楽殿で、本物の日本刀を手にして踊ったのですか」と町会長。
「おっしゃる通りです。」
「そのとき、中央に立てた孟宗竹を切り上げて2つにし、返す刀で空中に舞っている孟宗竹を真っ二つにしています。」
「聞いたこともないような抜刀術ですね」と町会長。
「おっしゃる通りです。そのとき、父は、抜刀術だということを気づかれないように、剣舞として披露しています。」
「抜刀術だということを気づかれないように、剣舞として披露したのですか」と町会長。
「おっしゃる通りです。僕も、父が居合の名人などとは、夢にも思いませんでした。」
「剣舞を舞いながら、孟宗竹を瞬時に3つにしても、居合の技だとは思わなかったということですか」と町会長。
「おっしゃる通りです。僕は、日本刀の先端を使えば、そういうことができるのだ」と思っただけでした。
「なるほど。それでは、見物していた人は、日本刀を使えばそういうことができると思っただけということですか」と町会長。
「多分、そうだと思います。しかし、ウェブを調べた限りでは、孟宗竹を瞬時に3つにできる人はいません。」
「もしかして、お父さんは、並ぶものがいない居合の達人だったということですか」と町会長。
「父のように居合の技術を隠している人がいるかもしれませんが、ウェブを調べた限りでは、そういうことになります。」
「観点を変えると、居合をやっている人だと、孟宗竹を瞬時に3つにするのが恐るべき技であることが理解できるということになりますね」と町会長。
「おっしゃる通りです。」
「ところで、目が陽になったとき、なぜ、それが居合の技だと分かったのですか」と町会長。
「実は、子供のころから父の言うことやしたことで理解できないことが、たまにあって、心に引っかかり続けていたのです。」
「お父さんの言うことやしたことで理解できないことがあったので、考え続けてきたのですか」と町会長。
「おっしゃる通りです。」
「剣道の練習が取りやめになったことも、考え続けていたのですね」と町会長。
「おっしゃる通りです。最初に不思議に思ったのは、父が、『若いとき、馬賊になりたくて、満州に行った』と話したことでした。」
「『馬賊』と言いますと?」
「ウィキペディアの『馬賊』に、『馬賊というと「盗賊団」というイメージが強いが、元々は自衛組織(土匪・匪賊)の中の遊撃隊のような役割であった。当時の満洲では清朝の衰退によって治安が悪化しており、盗賊がはびこっていたためである。
これに対抗するため、民衆は自衛組織を作り、盗賊に対抗していた。しかし満洲内の混乱が進むにつれ、力を持った馬賊が本来の「自衛」を越えて盗賊まがいな行為も行う場合があった。
また、満洲で日本軍の支配が強くなるにしたがい、馬賊は日本人とも衝突するようになり、満洲各地で日本軍ないし日本人を襲う事件が発生する
・・・
また、馬賊の中には軍閥に成長するものもあった。馬賊出身の軍閥としては張作霖・馬占山等が有名であるが、彼らは当時中国で繰り返されていた政権交代の混乱に乗じて、その時々の政権の軍事的後見を担う事で連携していた(当時の中国には徴兵制度等はなく、政権に雇われた馬賊が「正規軍・政府軍」であり、また、馬賊の頭目が勝手に官職や軍の階級を自称する例もあった)』と言う説明があります。」
「お父さんは、居合が得意だったので、馬賊の頭目になろうとしたということですか」と町会長。
「馬賊の頭目になろうとして満州に渡ったと言ったのですが、父は中国語が話せなかったのです。」
2021/5/14
<筆者の一言>
『カルシュウムプラス』を2枚と、うずらの卵を1つと、ごま塩と、筆者が漬けた梅干しと、セブンイレブンで購入したサラダとお茶の昼食で体重が減らないとすると、発芽玄米パックを150グラムの普通の玄米パックに変えて様子を見るしかないと思った。
160グラムの発芽玄米パックを150グラム発芽玄米パックに変えたのでは、単に10グラム違うだけだ。それで、発芽していない150グラムの玄米パックをアマゾンで探した。時間はかかったが見つけることはできた。ただの玄米パックの方が発芽玄米パックより消化が悪いのだ。<続く>
2024/5/1
