<人は皆こだわりで死ぬ>

先月は、梅澤さんに急用ができて、試合ができなかった。今月のスケジュールが分からないと言うことだったので、約束通り6日に電話すると、「今週の土曜日にしましょう」という話になった。僕も動体視力が順調に伸び、サーブも安定してきたので、「いつでもOK」と思っていた。内心、「ここまで動体視力が上がると、少し手加減した方がいいのかな」などと考えていた。

卓球場に着くと、駐車場に車はなく、練習に来ている人も一人しかいなかった。「今日は人が少ないですね。寒いからですかね」と言うと、「本当に寒いよ」と梅澤さんは言った。

試合が始まる前に、軽く打ち合ったが、理解できないことが起きた。僕は試合前に梅澤さんと打ち合うときは、いつも手加減をしている。普通に打つと梅澤さんは、球威に押されて段々後ろに下がって行くからだ。いつも1,2分打ち合っただけで、試合が始まるのは、このこともあるのかなと思ったので、手加減して打つようにしていた。

ところが、今日は梅澤さんの打つ球が異常に早くて、打ち負けてしまうのだ。驚いて、「どうしたんですか。ボールが今までとは全く違います」と言うと、「この前の時より、体が引き締まって、体重が5キロほど少なくなったんだ」と言う。前回も体重が減ったと言っていたので、合計で10キロぐらい痩せたことになる。「5キロも痩せたんですか」と言ったら、「痩せたんじゃなくて、引き締まったんだ」と訂正されてしまった。

試合が始まって驚いたのは、3球目攻撃できっちり打った球を、わずかに下がっただけでカウンターアタックし、ノータッチで抜かれてしまったことだ。もう一つ驚いたのは、フォアのネット際、サイドラインから5センチぐらいのところに打ってくるサーブが低く、ラケットの先が当たるか当たらないくらい短く、はねた後の曲がり方が毎回違うで、打つことができなかった。「渡辺さんに絶対打たれないサーブがやりたかったんだ」と梅澤さんは言った。「このサーブは打てないですよ」と言うしなかった。卓球マシーンで同じボールを出そうとすると、ネットを2センチぐらい下げないと、頻繁にボールがネットにかかってしまうので、練習にならない。

サーブが入って、動体視力が上がっているということは、梅澤さんが再び走り始めたことを意味していた。よほどのことがあったのだと思った。これは想像だが、梅澤さんは東京都の主催する大会で優勝し浮かれ上がっていたに違いない。そして、サーティースで優勝を狙う人が何人か練習試合を申し込んできたのだろう。そのうちの一人に、1セットも取れないくらいの惨敗をしたのだと思った。「誰に負けたんですか」と聞いたら、「今日練習をしている井上さんに負けた」とバレバレの嘘を言った。きっと、負けた相手の名前も言いたくないほどの惨敗だったんだろうなと思った。

梅澤さんが会話の中で「僕もそろそろ40だから」と2度言った。「37歳でしょう」と言うと、「まあ、そうだけど。」

「たかしさんがサーティースで2年連続優勝したのは、38歳と39歳のときじゃないんですか」と言うと、「38歳とか39歳で優勝するのは不可能だよ。優勝したのは31歳と32歳のときだよ」という答えが返って来た。

「なるほど」と思った。「そのロジックで行けば、自分の脳を犠牲にしない限り、優勝の可能性はないことになる。相手の選手も毎日10キロ以上走っているに違いないが、フリーラジカルで脳がやられて早死にすることは知らずに走っているのだろう。梅澤さんは、知っていて走り始めたのだ。止めることはできない。覚悟を決めたのだ。人は皆こだわりで死ぬのだ」思った。そして、「卓球にかけた人生だから、しょうがないかも」と言うしかなかった。

梅澤さんの両親が健在だということは1年半くらい前に確認していた。60代になっていると思ったので、2年ほど前に、「両親の老化に連動して、動体視力が低下する可能性がある」ということを話しておいた記憶がある。サーティースで優勝を狙うには知っておかなければならないことだからだ。それが現実に起こってしまって、動体視力が低下し、惨敗したに違いない。

しかし、梅澤さんには一つだけ救いがある。脳がやられると、自分が切っている大木の下敷きになって死ぬような、常識では信じられないような死に方をする。しかし、東大系は、日々の行動を、寸分の違いもなく決まりきったやり方でするので、脳がやられても急には死なない。それどころか、脳がやられても、70代で一線級の仕事さえできる進化の仕方をしている。

<0,3,5で大敗!>

試合は、第1セットが0本、第2セットが3本、第3セットが5本しか取れず、大敗に終わった。梅澤さんがここまで強くなったので、日本のトップ選手は想像を絶するような強さであることが実感できた。1億人を超す人間がいると、想像を絶するような潜在的進化をした人がいても不思議はない。全日本と言う大きな淘汰の圧力の中を勝ち抜くことで、進化が明確になる。

2020/1/13