「僕は、卓球部の部員がするような基礎練習は、あまりしたことが無かったためか、30回でも難しかったのです。」

「渡辺さんは、卓球部の部員がするような基礎練習はしたことがないのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。確か、小学4年生か5年生の頃だったと思いますが、近くの会館で、子供会のジュニアリーダーをしていた杉田のみえこちゃんという父の知人が、無料で小中学生にそろばんを教えることになったのです。」

「渡辺さんも、そろばんを習いに行ったのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。会館の左前に倉庫が建っていて、その中に卓球台が置いてあったのです。」

「そこで卓球をするようになったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。そろばんを習いに来た子供たちは、皆、早めに来て卓球の試合をしました。」

「練習もしないで、いきなり試合をしたのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「ルールも正規のものではなく、参加者が多いときは3本勝負、少ないときは5本勝負でやっていました。」

「3本勝負というと、3本先に取った方が勝ちということですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「それではサーブをする人が有利ですね」と町会長。

「サーブは、たまたまボールを手にした人が打っていました。サーブができない子は、台に弾ませて打っていました。」

「極端にレベルの低い卓球をやっていたのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。そのうち、僕と1級下の鶴島という男の子は、皆がそろばんの練習をしているときも、卓球の試合をするようになっていました。」

「お父さんは何も言わなかったのですか」と町会長。

「父は『完全放任主義』が教育方針だったので、他のの子供たちが帰った後、夜の10時くらいまで卓球をして帰っても何も言いませんでした。」

「それでは、渡辺さんの卓球は1級下の鶴島という子とやっただけなのですか」と町会長。

「他の人ともやったことはありますが、少なくても試合の90%は鶴島とやっています。」

「それでは、卓球と言うよりピンポンと言った方がいいのではありませんか」と町会長。

2021/4/16