「元々、武宮正樹本因坊と打つことになっていたのは、誰だったのですか」と町会長。

「それについては、全く関心がなかったので、先生に聞いたことはなかったのですが、最近になって誰だか分かりました。」

「誰だったのですか」と町会長。

「先生ですよ。」

「先生が、当日、ビビってしまったということですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。アマチュアが武宮正樹本因坊と打つ機会なんてありませんから、先生から打つように言われれば、病気だろうとビビろうと、必ず打つはずです。」

「なるほど。そうかもしれませんね。現役のタイトル保持者と打つ機会なんて、一生に一度のないかもしれないようなチャンスですからね」と町会長。

「おっしゃる通りです。武宮正樹本因坊と打って、中盤で惨敗して困るのは先生だけです。」

「なるほど。自分で本因坊をよんで、対戦して、惨敗したら、周りから何を言われるか分かりませんね」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「同級生のお兄さんが『最近一番強くなったのは先生だ』と言っていたのでしたね」と町会長。

「おっしゃる通りです。僕は先生に5目置いて1度も勝ったことがないのですが、曲9段には勝っています。」

「その話を先生にしたのですか」と町会長。

「そうなんです。そうしたら2カ月後に武宮正樹本因坊と打つことになったのです。」

「でも、なぜ直前になってビビってしまったのでしょう」と町会長。

「同級生のお兄さんが『先生は古碁を並べて勉強している』と言っていたので、武宮正樹本因坊が八王子に来るのを承諾してから、本因坊の棋譜を並べてみたのだと思います。」

「棋譜を並べると、何が分かるのですか」と町会長。

「先生のように強い人は、打った人のレベルが分かるのだと思います。おそらく、自分が読み切れないところを読み切って打っている箇所が何カ所かあるのに気がついたのだと思います。」

「なるほど。ところで、先ほど『詰碁が40年間も頭に引っかかっていた』と言われましたが、引っかかっていた原因は、武宮正樹本因坊に大石を取られて惨敗したためですか」と町会長。

「そうではありません。僕が2段の人と打ってから数日して、碁会所に伺うと、先生が高校生の息子さんに難しそうな詰碁を教えていました。僕が行くと5分ほどしてやめたのですが、その光景が40年ほど頭に引っかかっていたのです。」

「どうして、その光景が40年も頭に引っかかっていたのですか」と町会長。

「先生のような優秀な方は、僕が伺う時間は分かっているので、息子に詰碁を教えるのが長引いてしまったなどということはありえません。」

「渡辺さんに、息子に詰碁を教えているところを見せようとしたということですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。先生が『詰碁をやれば、強くなる』と言えば、やったと思うのですが、先生はそう思わなかったということです。」

2020/6/23