「3月半ば過ぎだったと思いますが、『八十二銀行で絵を展示していた中神ですが、展示が終わりましたので・・・』というような電話がありました。」

「それで、絵は手に入ったのですか」と町会長。

「そんなに簡単には、手に入りませんよ。翌週の月曜日の朝、御陵の入り口にある御自宅に伺うことになったのです。」

「絵は、画家のところに戻っていたのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。翌週の月曜日の朝、車で中神邸に伺うと、塀の外に出て、出迎えてくれていました。」

「感がいい人ですね」と町会長。

「そうなんですよ。うちの税理士さんと同じで、人が来るのが分かるようです。車を車庫に入れると、玄関を入って右側にある、シックで趣味の良い応接室兼ダイニングルームに通されました。」

「人が来るのが分かる人がいるのですか」と町会長。

「そうなんですよ。ソファーに座ると、品のいい奥様がお茶を出してくれました。そして、いきなり、『絵は哲学です』という話になったのです。」

「絵は哲学なんですか」と町会長。

「絵と哲学の関係については、考えたことがなかったのですが、とりあえず、『僕も高校時代から哲学をやってまして・・・』と相槌を打ちました。」

「『哲学をやっている』と言ったら、画家はどういう反応を示したのですか」と町会長。

「単なる相槌だったのですが、自分の哲学については言わないで、『どのような哲学を・・・』と聞かれるのです。」

「初対面の人と、いきなり哲学の話になったのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。哲学について話す心の準備ができていなかったので、とりあえず、『カントやデカルトなどから始まって、イギリスのバートランドラッセル卿の影響を受け、最後は、道元の正法元蔵をやりました』と、大雑把な答えをしました。」

「すると、画家は、どういう反応を示したのですか」と町会長。

「『最近友達から空が分からないと言われ・・・』と真言密教の仏教哲学に近い宇宙論を展開されました」と町会長。

「『真言密教』と言いますと?と町会長。

「ウィキペディアの『真言宗』には『真言宗は即身成仏と・・・本尊は、宇宙の本体であり絶対の真理である大日如来』という説明があります。」

「『真言宗』の本尊は、『宇宙の本体』なのですか」と町会長。

「そうなんですよ。『真言宗』について本格的に勉強したことはないのですが、確か、多元宇宙論だったと思います。認識論を突き詰めると、そういう考え方になるのかと思った記憶があります。」

「理論物理学にも、多元宇宙論というのがあったと思いますが」と町会長。

「認識論的な多元宇宙論と理論物理学の多元宇宙論は、全く別のものです。人間は、皆、同じ宇宙に住んでいるように感じているが、実際は、それぞれが異なった宇宙に住んでいるというのが認識論的な多元宇宙論になります。」

「それでは、人間の数だけ宇宙があるということですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。宇宙の本体と言うのは、個々の宇宙のことではなく、個々の宇宙を人間の意識との作用を通して顕在化させる本質的な存在のことを言っているのだと思います。」

「『顕在化させる』というのは、見えないものが見えるようになるという意味ですよね」と町会長。

「おっしゃる通りです。ですから、宇宙の本体自体は見ることができません。この時から、中神さんの仏教哲学の深さに敬意を表して、中神先生と呼ばせてもらうことにしました。」

2020/9/9