「『ノルマン朝』の庶民は、英語の読み書きができたのですか」と町会長。

「読み書きはできないし、公用語でもなかったため、英語は急激に変化していきます。」

「英語を話していた『ノルマン朝』の庶民が、英語の読み書きができなかったとすると、『ノルマン朝』の時代には、英語の文法的な研究はなかったのではありませんか」と町会長。

「おっしゃる通りです。『ノルマン朝』は、公用語がフランス語だったのですが、実は、公用語がもう一つあったのです。」

「公用語が二つもあったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。カトリック教会がラテン語を教会での公用語として使っていたのです。」

「ラテン語を教会での公用語として使っていたのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。その当時、聖書はラテン語で書かれていたのです。今でも、ローマ法王くらいになるとラテン語の読み書きができるので、 ローマ法王がつぶやく『ラテン語のツイッター』があるそうです。」

「なるほど。ところで、イギリスには、『ノルマン朝』の前から、キリスト教徒がいたのですか」と町会長。

「ウィキペディアの『イングランド国教会』に、『グレートブリテン島にキリスト教が初めて到来したのは、ローマ帝国時代の紀元200年頃のことであると考えられている・・・しかし、キリスト教の歴史の中では正式なイングランドの宣教は、カンタベリーのアウグスティヌスによるものを最初であると見なしている』と記載されています。」

「カンタベリーのアウグスティヌスは、宣教師だったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。ウィキペディアの『カンタベリーのアウグスティヌス』に、『アウグスティヌスは聖アンドレアス修道院長であったが、教皇グレゴリウス1世の命により約40人の修道士とともに596年にイギリスへ布教のために派遣された』という記述があります。」

「なるほど。『ノルマン朝』は1066年から1154年までですから、キリスト教は、それよりはるか前から普及していたのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。そして、聖書はラテン語で書かれていて、ラテン語には明確な文法があったのです。」

「なるほど。『ノルマン朝』時代の英語には文法がなかったが、教会で使われるラテン語には文法があったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。ウィキペディアの『グラマースクール』には、『中世以来、グラマースクールはラテン語(後に他の古典語)を教える学校であった。Scolae grammaticales という用語は14世紀までは広く使われていなかったものの、こうした学校の最古のものはカンタベリーのキングズ・スクール(597年創立)やロチェスターのキングズ・スクール(604年)などのように6世紀から見られた。 こうした学校は教会の言語であるラテン語を将来神父や僧侶になる者へ教えるため、大聖堂や修道院に付属していた』という記述があります。」

「『Scolae grammaticales』と言いますと?」と町会長。

「ラテン語で、『グラマースクール』という意味です。」

「『ノルマン朝』の前から、大聖堂や修道院に付属しているラテン語を教える学校があったのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「『グラマースクール』は、文法学校という意味ですよね」と町会長。

「おっしゃる通りです。ラテン語は、日常使わない言葉なので、文法を教えないとイギリス人は読むことも書くこともできなかったため、『グラマースクール』でラテン語の文法を教えたのです。」

2020/10/30