「なぜ、美術大学に行ったこともないのに、画家になろうとしたのですか」と町会長。

「中神先生は、会社の色々なシステムを作って会社に貢献し、人の3倍の仕事はしているという意識があったので、あるとき上司の課長に、『給料を3倍にして欲しい』と言ったのだそうです。」

「課長は何と答えたのですか」と町会長。

「『確かに君は人の倍ぐらい働いているが、会社のシステムというものがあるから、君だけ給料を3倍に上げるということはできない』と言われてしまったのだそうです。」

「それで、どうしたのですか」と町会長。

「翌日、部長に同じことをお願いすると、全く同じ答えが返ってきたので、『それでは、会社を辞めさせてもらいます。僕は働いただけ、収入がある仕事をします。』と言って、辞表を提出したのだそうです。」

「辞表を提出したのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「辞表を提出したら、部長は何と言ったのですか」と町会長。

「部長は、『この仕事を止めて、何をするのかね』と聞いたそうです。」

「中神先生は何と答えたのですか」と町会長。

「『画家になります』と答えると、部長は唖然として、何も言わなかったそうです。」

「それで画家になったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「給料が不満だからと言って、会社をやめて画家になろうという人はいませんよね。上司は驚いたでしょうね」と町会長。

「驚かない人はいないでしょうね。しかし、家に帰って、奥さんに会社を辞めて来たからと話すと、少しも動ぜず『ああ、そうですか』と言っただけだったそうです。」

「奥さんも普通の人ではありませんね」と町会長。

「『あれは、できたやつだ』と中神先生は言っていました。」

「中神先生は、翌日から絵を画き始めたのですか」と町会長。

「翌朝、奥さんはいつものように食事の支度をし、中神先生もいつものように食事をして、いつものように駅まで行ったとき、『あっ、そうだ。俺、会社を辞めたんだ』と気が付いたそうです。」

「それで、どうしたのですか」と町会長。

2020/9/29