「そのまま家に引き返すと、奥さんが心配するかもしれないので、スケッチブックと鉛筆を買い、谷川があるところまで電車で行って、デッサンを5枚描いてから家に帰ったそうです。」

「その結果、毎年、夏はスイスに行って、山小屋を借り、自炊しながら、瞑想したり、絵を描いたりする生活ができるようになったのですか」と町会長。

「そんなに簡単には行きません。奥さんに心配をかけたくなかったので、電車に乗って、その谷川に毎日通って、絵を描く日が続いたと言っていました。」

「それで、どうやってプロの画家になったのですか」と町会長。

「しばらくして、銀座の画廊で個展を開いたら、1枚残らず売れたのだそうです。『銀座に絵を見に来る人は違うね。名前が知られていなくても、気に入ると買ってくれるのだよ』と言っていました。」

「そんなにいい絵なのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。八王子駅の北口にも画廊があって、時々、立ち寄って見ていたのですが、そこに展示される絵とはレベルが全く違いました。」

「普通の絵とはレベルが全く違う絵なのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。陽の強い気が出ている、実在感のある風景画なのですが、近寄って見ると、日本画的なシンプルなタッチで描いてあるのです。ところが離れてみると、実在感を感じさせる不思議な、独創的なタッチなのです。絵から離れたところから描かないと、絵から離れたところから見た実在感は出せないと思うのですが、絵から離れたところから描けるはずもありません。なぜ、こういう絵が描けるのかだろうかと疑問に思った記憶があります。」

「普通の画家が描こうとしても、原理的に描けないと思われるようなタッチなのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。絵は哲学だという人の絵は、本当に違います。英会話スクールの壁にかけておいた絵の1つが気に入って、どうしても欲しいという人がいたので、中神先生にお願いして、同じものをもう1枚描いてもらったこともあります。」

「それでは、会社を辞めると、すぐ絵で生活できるようになったのですか」と町会長。

「それほど簡単にはいかなくて、お金が無くなると、絵を5枚ほど背負って大学時代の友人のところを回ったそうです。」

「絵で生活するのは難しいですよね」と町会長。

「おっしゃる通りです。大学時代の友人のところに行って、『この絵が売れないと今月生活ができないんだけど』と言うと、『どれ』と言って、絵を持って、『これは重いな、俺が1枚分軽くしてやろう』と言って、絵も見ないで、買ってくれたそうです。」

「いい友達がいたのですね」と町会長。

「奥さんが『主人は、本当にいい友達に恵まれました』と言っていました。絵も見ないで買ってくれた友人の中に、いい絵だと後から気がついて、お客を紹介してくれた人もいたそうです。」

「そんな状態からどうやって、優雅な生活ができるようになったのですか」と町会長。

2020/9/30