「それでは、『マルクス経済学』の講師ではなかったのですか」と町会長。

「その辺のところが、よく分からないのですが、最初に来たとき、突然、チョムスキーについての議論になりました。」

「『チョムスキー』と言いますと?」と町会長。

「ウィキペディアの『ノーム・チョムスキー』に、『チョムスキーは「現代言語学の父」と評され、また分析哲学の第一人者と見なされる・・・チョムスキーの提唱する生成文法とは、全ての人間の言語に「普遍的な特性がある」という仮説を基にした言語学の一派である。その普遍的特性は人間が持って生まれた、すなわち生得的な、そして生物学的な特徴であるとする言語生得説を唱え、言語を人間の生物学的な器官と捉えた。初期の理論である変形生成文法に用いた演繹的な方法論により、チョムスキー以前の言語学に比べて飛躍的に言語研究の質と精密さを高めた』という説明があります。」

「それでは、『チョムスキー』はマルクス経済学とは関係がないのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。これがきっかけで、川上さんとは、毎週1,2時間、日本語の構造について議論することになるのです。」

「日本語の構造について、毎週1,2時間、議論したのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。しかし、日本語の構造についての議論は、川上さんが心臓の手術で亡くなるまで、3年以上続きました」

「日本語の構造について、そんなに話すことがあったのですか」と町会長。

「仕事が英会話なので、日本語と英語の本質的な違いは何かと言う問題は、常に頭の中にあったのです。」

「渡辺さんの頭の中には、あったのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。川上さんは、しばらくして、名刺代わりに、上下2冊の分厚い英文法の本をくれました。」

「その本は、川上さんが書いた本だったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。著者は川上さんで、東京大学出版会から出ていました。」

「マルクス経済学の講師なのに、分厚い英文法の本を名刺代わりにくれたのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。英文法の本をいただいたとき、『アルバイトをしている塾に頼まれて書いた』と言っていました。」

「しかし、そんな分厚い英文法の本を授業に使う塾はないのではないでしょうか」と町会長。

「今考えれば、そうなのですが、僕は他人のことについては、あまり関心を持たないタイプみたいで、『塾でも教えているのだ』と思っただけでした。」

「渡辺さんは、他人に関心を持たないタイプなのですか」と町会長。

「自分では気がつかなかったのですが、あるとき、バイトの女の子から『渡辺さんて周りの人に全く関心がないのですね』と言われたのです。」

「なるほど。」

「その子は大学生だったのですが、今考えれば、世の中のことを異常にわきまえている商人系なので、その子の言うことに間違いはないと思います。」

「なるほど。」

2020/10/23